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大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)460号 判決 1961年1月31日

原告 国

訴訟代理人 藤井俊彦 外三名

被告 佐瀬常盛

主文

被告は原告に対し金六六五、七三〇円およびこれに対する昭和三一年一一月一日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

被告が金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは前項の仮執行を免れることができる。

事実

原告は主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

「一、訴外佐瀬昌盛は昭和三一年一〇月三日現在において、別紙目録記載のとおり、すでに納期を経過した昭和二九年度および昭和三一年度各所得税、加算税合計金三、四五四、七四〇円を滞納していた。

他方訴外昌盛は被告に対し昭和三一年一〇月三日現在において弁済期の定めなく金一、六〇〇、〇〇〇円の貸金元金債権を有していた(甲第一号証)。

二、原告(大阪国税局長)は右滞納税金徴収のため、昭和三一年一〇月三日右貸金債権を差し押え、同日この旨を被告に通知するとともに、これを同月三一日までに支払うよう催告した。被告はこれに対し、金六〇〇、〇〇〇円を支払つたのみで、残余の支払をしない。右支払金は前記滞納所得税に充当された。

三、訴外昌盛の第一項の所得税は昭和三三年三月二〇日の更正決定により、税額金二、一九九、〇一〇円が減ぜられ、税額金一、二六五、七三〇円となつた。

四、よつて、原告に対し右所得税金一、二六五、七一〇円から被告の弁済した金六〇〇、〇〇〇円を控除した残額である金六六五、七三〇円およびこれに対する第二項の支払期限の翌日である昭和三一年一一月一日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求めるため本訴請求に及んだ。」

被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費相は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

「一、原告主張の二の事実は認めるが、その余の事実は争う。

二、訴外昌盛は原告主張のような租税債務を負担していない。

昌盛は被告の長男であるが、同人は同人に対する課税処分を不服として目下大阪地方裁判所に譲渡所得税審査決定に対する異議訴訟を提起し、右訴訟は同庁昭和三三年(行)第三一号事件として係属審理中である。したがつて、昌盛は原告主張のような租税債務を負担していないし、その滞納税額は未定である。

三、訴外昌盛は被告に対し原告主張のような債権を有していない。

昌盛はかねて被告に金一、六〇〇、〇〇〇円を利息の定めなく、かつ必要に応じ請求次第何時にても支払を受くべき約で寄託し、被告はこれを保管していた。しかし、この保管金債権は本件差押当時は一部存在するのみであつた。その事情は次のとおりである。

昌盛は現在東京大学大学院学生であるが、同人が東大経済学部に入学することになつたのを機として、家族一同協議した結果、昭和二九年三月一〇日昌盛と被告との間に、「被告が従来支出した昌盛の高等学校以後の学資金等はさかのぼつて昌盛において負担することとして右保管金のうちから弁済し、その後の分も支弁する。」という申し合せが成立した。この申し合せにより本件差押までに保管金のうちから被告が弁済を受けもしくは支弁した昌盛の負担たる学資金等の合計は金一、〇四九、九五〇円であつて、その内訳は次のとおりである。

(1)  金二一六、〇〇〇円 たゞし昭和二五年四月から昭和二八年三月まで大阪住吉高等学校在学三年間一ケ月金六、〇〇〇円宛の学資金

(2)  金七二、〇〇〇円 たゞし昭和二八年四月から昭和二九年三月まで大学予備校在学中一ケ月金六、〇〇〇円宛の学資金

(3)  金六〇〇、〇〇〇円 たゞし昭和二九年四月東京大学入学以来原告が債権差押をした前月昭和三一年九月まで東大在学中月金二〇、〇〇〇円宛の学資金

(4)  金六一、九五〇円 たゞし昭和二八年五月昌盛に対する再評価税立替金

(5)  金一〇〇、〇〇〇円 たゞし昭和二九年三月昌盛東大入学時の旅費、入学に関する費用、入学試験のための上京費用等の合計

したがつて、本件差押当時残存していた保管金額は五五〇、〇五〇円にすぎない。なお原告主張のとおり被告は昌盛のために別に滞納税金に対し六〇〇、〇〇〇円の立替払をしたので、結局金一、六〇〇、〇〇〇円の保管金に対し被告は差し引き金四九、九五〇円の過払となり、昌盛は被告に対し債権を有しない。

四、仮に前項の学資金等の負担弁済支弁の申し合せおよびこれに基づく弁済、支弁の事実が認められないとしても、昌盛の金一、六〇〇、〇〇〇円の保管金債権は昌盛が被告に対して申し立てた大阪簡易裁判所昭和三三年(イ)第五二七号即決和解事件において、同年四月二三日成立した和解の内容たる相殺により全額について消滅した。すなわち、右和解条項の一つとして、被告は昌盛に対し金一、六〇〇、〇〇〇円の保管金債務の存することを認め、一方昌盛は被告に対し合計金一、八四八、〇〇〇円の立替金債務(内訳、前項の(1) (2) (3) の学資金のほかに、本件債権差押以後である昭和三一年一〇月から昭和三三年三月までの一八ケ月間東大在学中月二〇、〇〇〇円宛の学資金計三六〇、〇〇〇円、昌盛が大阪国税局に納付すべき譲渡所得税を被告が立て替え支払つた立替金六〇〇、〇〇〇円の合計)の存することを認め、右債権債務を対等額につき相殺し、昌盛は被告に対し相殺残額金二四八、〇〇〇円の支払義務を認めたのである。

五、よつて本訴請求は失当である。」

原告は「被告主張三、の申し合せの成立、これに基づく学資金等の弁済支弁の事実、被告主張の四、の被告が昌盛に対し立替金債権を有していた事実は否認する。」と述べた。

証拠として、原告は、甲第一、二号証、第三号証の一、二、を提出し、証人相楽寛治の証言を援用し、「乙第一、二号証の成立を認める。」と述べた。被告は乙第一、二号証を提出し、被告本人の供述を援用し、「甲第一、二号の成立を認める。甲第三号証の一、二の成立は知らない。」と述べた。

理由

一、原告(大阪国税局長)が、訴外佐瀬昌盛は被告に対し昭和三一年一〇月三日現在において弁済期の定めのない金一、六〇〇、〇〇〇円の貸金元金債権を有するものとして、訴外昌盛の租税滞納処分として、同日右債権を差し押え、即日この旨を被告に通知するとともに、これを同月三一日までに支払うよう催告したことは当事者間に争いがない。

二、成立に争いのない甲第二号証によれば、訴外昌盛は昭和二九年度所得税の決定処分、昭和三一年度所得税の更正処分を受け、昭和三一年一〇月三日現在において原告主張のとおり、合計金三、四六四、七四〇円の租税債務を負担し、これを滞納していたことを認めることができる。これに反する証拠はない。

被告は、昌盛は右課税処分を不服として訴を提起し、右訴訟は現に審理係属中であるから、租税債務を負担しておらず、滞納税額は未定であると主張するけれども、行政処分はその取消があるまでは有効なものとして尊重されなければならない公定力と拘束力を有するから、右主張は理由がない。

三、被告は本件被差押債権は存在しないと抗争するので考えてみる。各成立に争いのない甲第一号証、乙第二号証、証人相楽寛治の証言、被告本人の供述の一部を総合すれば、次の各事実、すなわち昌盛は昭和九年に生まれた被告の長男であつて、戦時中被告に買つてもらつた奈良県所在の不動産を所有していたこと、被告は昌盛のために昭和二六年頃これを代金四百余萬円で売却し、その売得金のうち金一、六〇〇、〇〇〇円を受け取り保管したこと、しかし右金員はまもなく被告の繊維製品販売営業の開始資金として使用され、預金等の形で残つていたものではないこと、本件差押当時までに被告が昌盛のために支払つた再評価税等の立替金等もないわけではないが、清算や相殺はなされていなかつたことが認められる。右認定事実から判断すると、昌盛は被告に対し、昭和二六年頃金一、六〇〇、〇〇〇円を、被告においてこれを消費し後日同額の金員を返還すれば足る趣旨で返還時期を定めずに寄託したもので、右消費寄託債権は本件差押当時そのまゝ存在していたものと認めるのが相当である。この認定に反する被告本人の供述部分は前掲各証拠に対比して信用しない。

そうすると、被告の右主張は理由がなく、被差押債権は原告主張のとおり存在する債権であるといわなければならない。もつとも、原告は被差押債権を目して、貸金債権であるといゝ、消費寄託債権だとはいつていないが、これは債権の性質についての法律上の見解であり、認定したものとは発生原因を異にする別個の債権であるとの主張でないことは明らかであるから、それは右判断の妨げとなるものではない。

四、次に、被告は、被差押債権は裁判上の和解における相殺の取決めによつて全額消滅したと抗弁する。被告の主張するように、昌盛の申立による即決和解事件において昭和三三年四月二三日昌盛と被告間に裁判上の和解が成立し、その和解条項の一つとして、本件被差押債権と被告の昌盛に対する金一、八四八、〇〇〇円の反対債権とを相殺する旨の取決めがなされたことは、前記乙第二号証によつて明らかである。しかしながら、右相殺は差押債権者である原告に対する関係では無効であつて、被差押債権消滅の効果を生じないものといわなければならない。なんとなれば、国税の滞納処分として債権差押がなされたときは、国は滞納処分費および税金額を限度として債権者に代位する効果を生じ、債権者はその債権の取立その他の処分権を失つてしまう(旧国税徴収法第二三条ノ一第二項、現同法第六二条第二項参照)からである。換言すれば、債権差押は債権の帰属主体に変動を生ぜしめるものではなく、差押後も滞納者は依然その債権の主体であつて、国は被差押債権の取立権を取得するにすぎない(現行国税徴収法第六七条参照)のであるけれども、滞納者がその債権を譲渡、質入、免除、相殺、取立等の処分をすることによつて差押の効力を害することは許されない理であるからである。そうだとすれば、被告の右相殺のあつたことの主張は、その主張の反対債権の存否について判断するまでもなく失当として排斥を免れない。

もつとも、債権差押がなされた場合第三債務者はその債務の履行を禁ぜられ、差押通知後にした債務者に対する支払によつては有効に免責を受けたことにはならないのであるが(国税徴収法第六二条第二項民事訴訟法第五九八条第一項、民法第四八一条参照)、第三債務者の相殺権の行使による免責は合理的な制限のもとにその効力が認められる。すなわち第三債務者は差押通知後に債務者に対して取得した債権により相殺をもつて差押債権者に対抗することはできないが、差押前から債務者に対して有する債権を自働債権とする相殺権の行使をもつてこれに対抗することは妨げられないのである(民法第五一一条参照)。したがつて、本件では、被告は、昭和三一年一〇月三日以前に昌盛に対して取得した債権を有するとすれば、これを自働債権とし、本件被差押債権の取立権を有する原告に対し(債権者である訴外昌盛に対してではない)、被差押債権を受働債権とする裁判外(もしくは裁判上)の相殺の意思表示をなし、これによつて被差押債権を対当額について免れることができるわけであるけれども、被告の前記主張はかような裁判外の相殺の抗弁を包含するものとは認められないのである。又仮にかような相殺の抗弁が提出されていると認められるとしても、右相殺は取立権を有する原告に対してなされたものではなく、被差押債権の処分権を有しない滞納者に対する意思表示であるから相殺権行使の相手方を誤つた不適法な裁判外の相殺の抗弁であるから、この点において排斥を免れないものといわなければならない。

五、ところで、冒頭に認定した租税債務は、前掲甲第二号証によれば、昭和三三年三月三一日の訂正により税額金二、一九九、〇一〇円を減ぜられ、税額金一、二六五、七三〇円となつたことが認められる。そして、原告の被告に対する被差押債権の支払催告の結果被告が金六〇〇、〇〇〇円を支払いこれが滞納税金に充当されたことは当事者間に争いがないから、昌盛は金六六五、七三〇円の期限の到来した所得税を滞納しているものと認められる。

そうすると、原告のした前記支払催告により本件被差押債権は弁済期が到来し、被告は原告に対し前記滞納税額の限度である金六六五、七三〇円およびこれに対する催告支払期限の翌日である昭和三一年一一月一日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払うべき義務があるものといわなければならない。

六、よつて、原告の本訴請求は正当として認容すべく、民事訴訟法第一九六条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 中村三郎 上谷清)

佐瀬昌盛滞納税額表(昭和三一年一〇月三日現在)

表<省略>

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